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景観探索散歩

所員の泉さんと昼食に出ました。

久しぶりに暖かい天気で、「ブラタモリ」風に景観探索散歩しました。

散髪屋さんのPマークが目に留まりました。

 

 

散髪屋さんであること、駐車場であることをうまく現場に対応した窓抜きP。

頭のやわらかさに感心しました。

 

 

更に歩いて、この最上階の庇、頭かたいなァー、と感じた景観。

 

 

 

 

宮森

田部美術館

中電の住宅作品コンテストの審査の関係で松江に行ってきた。

村上さんが「田部美術館行ったことある?」と誘ってくれて見学に行ってきた。

菊竹さんの作品で小ぶりな美術館である。

ものすごく良かった。

コールテン鋼の屋根が特徴の建築であるが、内部が鉛筆なめなめ、細かつくり上げていってある感じで、菊竹さんの他の作品にはない魅力を感じた。

記念に絵葉書を買おうとしたら、古いものだから、と無料で頂くことができた。

植田正治の撮影だが、本物の良さが全く伝わらない絵葉書だけど、竣工時のままの建物なのがわかった。

何事も体験してみないとわからない。

すばらしい空間体験でした。

 

 

 

宮森

広島ピースアンドクリエイト2045は何を残したか

先日、「広島ピースアンドクリエイト2045は何を残したか」というテーマの鼎談に参加した。

大した準備もせず壇上に上がってしまったのだが、それでもマイクを持って喋っているうち、いくつか自分の意見としてはっきりしてきたので、時すでに遅きに過ぎるが、整理してみた。

 

都市を良くするためだとすればピークリの進め方はあまり好きではない。「点」に向けて刺激を与え、その波紋として効果が都市に拡がるというが、やはり点にとどまりがちである。10年間に10件近い作品ができているということだが、カンフル剤を打ち続けなければ都市が活性化しないという進め方も納得がいかない。建築家のほとんどは県外の建築家で、持続性が少なく、空間的にも時間的にも「点」にとどまってしまって、都市に向けて必ずしも有効でない気がする。

 

一方、10年間では直接発注されている公共建築は小さいものも数えると何十も何百もあるのではないかと想像する。 こちらの建築レベルを向上させることのほうが都市を良くするためには大切なことだと思う。そういう土壌があってからのピークリであれば、それはそれで納得がいくのだけれど。

 

設計の発注システムそのものに建築や設計のレベルを押し上げる機能をもたせることはできないものかと考える。

下はその一つの提案である。

  • •設計対象施設、設計料などの公表
  • •コンペ参加は自由参加
  • •審査は前回当選者、前々回当選者などが中心
  • •審査風景は最終まで公開
  • •審査には著名建築家も含める

 

このような発注システムをとることで、地方の業界全体のレベルが向上し、都市が魅力的になっていくことがイメージできるのではないだろうか。

コンペは審査が審査されるという一面がある。応募者、審査員、それに注目する人やマスコミ、全員が参加して社会を反映した建築、都市を拡大再生産的に生み出していくシステムがまずあって、それからのピークリではないだろうか。

都市を向上させていくには、トリクルダウンではなく、ボトムアップの手法のほうが有効だと思う。

 

ピークリで生まれた中工場は公共建築の在り方のある意味お手本だと思う。せっかくの財産である公共建築のあるべき姿を語り合っていくうえでのベースになればと思う。

 

 

 

宮森

黄金比
昨年10月、建築数人会で展覧会をしました。
その時出品した作品を紹介させていただきます。
 
建築数人会は建築をやっている数人が、自己啓発のために集まり活動している会です。
 
今回は平面表現で何がしか建築に関わった作品をつくるということで展覧会を催しました。
数点の平面表現を試みました。その最初のものです。

 


「何か」描こうと、昔の建築の竣工写真の貼ってあったパネルの写真をはがしてベニヤのパネルにしました。
ここに「美」を描こうと絵の具と筆を持ってしばらくパネルに向かいました。
パネルには写真を貼っていたのりのあとが点在していました。

建築は敷地を観察して、それを有効に生かすことから始めます。

同様にパネルののりの跡をきっかけにした美を描こうということで、
「黄金比」のプロポーションをのりの跡をよけながら描きました。

ベニヤの木目が美しく残されたと思っています。



宮森

 
イス・テーブル
屋外利用可のイス・テーブルをデザインし、賀茂クラフトさんに製作してもらいました。

市販のものより少し小ぶりで軽いものとして、マンションバルコニー等でも利用しやすいものにしようとしました。

フレームは全てを15x15のアングルとし、亜鉛メッキのドブづけ、リン酸処理で落ち着いた表情となります。

板はやはり同一の寸法のチーク材です。傷んだ時は裏返したり、交換したりして永く使えます。小さい、軽いに加えて、安くできます。

板の材質を桧やジャラに変えたり、花びんやコップを置けるように加工したものをオプションとして加えるのも楽しいかと思っています。
スツール、ベンチシリーズも追加していきたいと思っていますが、なかなか実現できていません。

宮森

















 
鉄のオブジェ
鉄の削り出しのオブジェを作りました。

上から見下ろした時、真横から見た時、それぞれかなりの規則性、幾何学性をもたせています。
出来上がった立体は落ち着きもあり、動きもあり、身近な人にはあまり人気はないのですが、僕は気に入っています。

高さ7cm程度のオブジェですが、かなりの重量があります。
1cm位の人物をイメージして色んなところに立たせてみると、佇む、休む、見上げる、もたれかかる・・・。
色んな行為が想像できます。
ちょっと建築的オブジェと思っています。

削り出しは自動車部品の製作工場で作ってもらったらしいのですが、
平行な面がないので、製作にはこれをつくるための制作物がいくつも必要となり、かなり大変だったそうです。

鉄の鈍い光沢に見入りながら感謝です。










宮森
ティッシュペーパーBox
ティッシュペーパーBoxをつくってみました。

2つのパーツが組まれてBoxとなります。
組み上がったとき、2ヶ所に隙間ができます。
1つはティッシュペーパーの取出口、もう1つはペーパーの残量が見える隙間です。

材料はヒノキ。ヒノキの香りが移って、使うときはヒノキの香りがただよいます。
香りのするクスノキや杉でも作ってみたいと思ってます。

製作はさしものかぐの高橋さんにお願いしました。

友人に見せると面白がって、商品化をすすめられています。


全体


分解



隙間



宮森


 
美しい街づくり賞


株式会社千力の改修工事が呉市の美しい街づくり賞(たてもの部門リニューアル)に選定されました。
選考理由の記述が気に入っています。

 
「選考理由
空きビル改修のモデルケースとなる例であり、デザイン的に優れていながらも手の届きそうなリニューアルとして評価された。交通量の多い通りに面しており、ガラススクリーンや植栽によって、通りからの視線に奥行きを与える配慮がなされている。空きビルが増加していく中で、今後の空きビルの活用方法を考えるきっかけになっており、この手法を中通から発信していってほしい。」



「手の届きそうな」の文言が気に入っています。
「ローコストだけど工夫されていて・・・」といった意味だろうと解釈しています。

建築をつくる上でのキーワードとして、「単純・簡単・素朴」といった言葉を使っています。
良く使われるシンプルという言葉は表現をテーマとしたものだったり、スタイルの問題を扱った言葉のように聞こえます。
シンプルを目指すのでなく、建築は単純な構成で、簡単につくられたもので、素朴なものが良い、という思いで考えたキーワードです。
そんな思いが審査員に伝わったように感じ、うれしい気持ちになっています。

また、たてもの部門新築のKAIGAN-Uは近大工学部OBの可児君の作品です。
彼は私の事務所にオープンデスクで来てくれていたこともあり、一緒に受賞することとなり、うれしさも倍増です。

さらに、ひろしますまいづくりコンクールでは事務所OBの石川君が優秀賞に選ばれたと聞いており、身近にめでたいことが重なっています。


今年も単純・簡単・素朴を目指して、がんばります。


宮森

 
ゲート
色んな展覧会に刺激されて、アート制作に挑戦してみました。









鉄の鋳物のオブジェです。

図面とマケットの写真を渡して、鋳物ホーロー浴槽などをつくっている大和重工で作ってもらいました。
途中で担当の営業の方がオブジェの「題」を教えてくれと言ってきました。
製作者が何をつくっているのか理解しないと、やる気が出ないということでした。
なるほどと反省したり、感動したりしました。

「ゲート」という題ということにしました。
ゲートは向こうとこちらをつなぐものでもあり、遮断するものでもあります。
なんとなくそんなことを考えながら形をつくっていました。

「こんなんでいいんでしょうか」と自信なさそうに担当の方が完成品を持って来られました。
持ってみて、その重さにちょっとうれしくなりました。
ちょっときれいな造形かなと、気に入っています。


宮森

 
ガキ大将とサッカー
ガキ大将がいなくなった、またはガキ大将という価値観、美意識がなくなったというレポートを読んだことがある。
彼がいじめるんです、と訴えられて、ガキ大将の居場所がなくなったという。
弱さをかざして勝つという手法が世の習いとなったからだという。
男の子はみんな強くなって弱い子を守るんだ、という夢、美意識は消滅してしまった。
小賢しい弱さを持った子たちは勝つことができるようになったが、
本当に弱い子は誰も助けてくれる人はいなくなったというレポートだったと思う。


サッカーのワールドカップを見ていて、こんなレポートがあったことを思い出した。
ゴール近くで大きく転んでファールを訴え、ペナルティキックの権利を得る。得点に結びつきやすい攻撃のパターンのようである。
痛みに顔を歪め、ファールを審判に訴えかける表情がなんともスポーツマンらしくない印象を受ける。
日本の応援解説者もゴール近くで、ファールを誘ってPKを!と声を枯らしている。
サッカーのルールに詳しくないけど、いや詳しくないから、違和感を覚えてしまう。

ガキ大将の価値観を絶賛するのでもないけど、スポーツマンシップというのは格好いいと思う。
サッカーに子供に見せたくないシーンがあってはいけないと思うのだが



宮森